チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」(全曲)デラックス版(DVD付)
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CUSTOMER REVIEW
真夏に聴く『くるみ割り人形』は“魔法の調べ”?!−ジャケットにはチャイコフスキーも居るよ−
6人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
2010-08-15: 茶々丸
チャイコフスキーの『くるみ割り人形』を全曲通して聴いたのは確か小学生の頃だった。その日は他の教科と入れ替えて2コマの時間を繋げ、この作品を聴きそして1枚の原稿用紙にその感想を書くという内容だった。クリスマスの一夜、そこに登場する一人の少女が出会う夢ともうつつとも似つかぬ物語。曲を聴いているうちに“僕が今いるのは何処の国?”と錯覚させてしまうかのように様々なの国々の踊りがメロディによって表現され、鮮やかな色彩を感じたことを憶えている。
その後、この作品に出会ったのはそれぞれのパートが独立した形だった。例えばプログレッシブ・ロックのELPが『展覧会の絵』を野外コンサートのライブで行った時、アンコールの形で第一楽章の第三曲が『NutLocker』として演奏され(NHKで放送されていた)、その後も80年4月の高中正義の『ライブ!虹伝説』(フジテレビの放送)でもアンコールでこの曲が使われていた。他にも大学受験の前日、東京が大雪に見舞われていた日にテレビCMから(確か、味の素マヨネーズのそれだった)『花のワルツ』が流れ、窓の外は雪が斜めに降り注いでいたことも記憶の中にある。
さて今回のこの作品を近年のラトル氏が積極的に取り組んでいる“絵画的な音楽表現”の一環として個人的に聴かせていただいて、あの頃の記憶が蘇るような感動を憶えた。ジルベスターでの『展覧会の絵』の成功を踏まえ、ラトルとベルリン・フィルは意欲的に“表現としての音楽”に挑戦し続けている。これは前任者のアッバードから受け継ぎ、ラトルが深化させそして後任へと渡していきたい“BPOによる未来への財産”でもある、と思う。
ライナーノートに記された評者からは“彼の演奏スタイルからはこうあるべき”と独断的にも思えるコメント内容が付されているけれど、音楽ファンの立場からは“今度は何をどのように聴かせてくれるのだろうか”とのワクワクする楽しみの方が先立ってしまうのが常である。シェークスピアの作品群をみてもそこにあるのは「悲劇」だけではなく『じゃじゃ馬馴らし』や『真夏の夜の夢』といった喜劇の作品もある。
真夏の夜に聴いた『くるみ割り人形』に続いて、本当の夢の中で“僕とベルリンの次の作品は『フィガロ』だよ”とイタズラっぽくラトル氏は微笑むかもしれない。
スマート過ぎるのかな?
10人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
2010-08-09: プロアントシアジニン
美しい録音。スマートな演奏。いい再生装置で聴いてほしい。万人に薦められると思う。
ただチャイコフスキーの天才的なオーケストレーションを活かし切れているだろうか。私としては色彩感にやや不満。魔法はかかり切らない。でも第2幕はいいよ。
ベルリンフィルと言えば、もう30年位前になろうか、年末にNHK-FMで聴いたカラヤン指揮チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の第四楽章で金管パートがカラヤンの制御の手を振りほどき天を突き抜け暗黒の宇宙に消えて行ったライブ録音を今でも忘れられない。
暴走一歩手前、破綻と制御のぎりぎりのバランスが時にはあってもいいと思う。特にパ・ド・ドゥには。
豊かで奥深い音楽作品としての『くるみ割り人形』
3人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
2010-08-06: Pen
『くるみ割り人形』といえば、クリスマス・シーズンの風物詩のようになってしまっていて、あまりにポピュラーであるがゆえにかえって低く見られがちだが、ここでラトルとベルリン・フィルはそれを一つの立派な音楽作品として見事に演奏している。つまり、バレエのためでもクリスマス・シーズンのお楽しみのためでもなく、それ自体が独自の奥深さや魅力を持つ独立した「音楽作品として」ということだ。この作品の「シンフォニック」な演奏というと、私はムラヴィンスキーの演奏(抜粋版)を思い出すが、ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルの演奏が「鋼のアンサンブル」による剛毅で壮大でそれこそ一大シンフォニーを聴いているかのような演奏なのに対し、このラトル/ベルリン・フィルの演奏は、金管をはじめどの楽器も角が取れたまろやかな音色で、それらが見事に溶け合った豊潤な演奏によってこの作品の素晴らしさを見事に表現しているといった感じだ。どうってことはないが子どもたちは目を輝かせるクリスマスのボンボンではなく、一流職人の手で最高の素材で手間ひまかけて作られたリッチな高級チョコレートを味わっている気分になる演奏と言ってもよいだろう。
ただ、そのような演奏なので、各楽器が個性を持って響く色彩感鮮やかな演奏や、軽快に跳ね回るような楽しげな演奏や、いかにも「ロシア」といった演奏を求める人には、物足りないかもしれない。この演奏を聴いていると、あくまでも音楽作品を鑑賞しているという意識を持ったうえで「素晴らしい」と思いはするのだが、夢幻の世界に知らず知らずのうちに空想が飛んでそのファンタジーに浸りきってしまうことはない。(ファンタジーに浸れる演奏で私のお気に入りはデュトワ/モントリオール響の全曲盤だが、現在は廃盤らしい。)付属DVDのインタヴューで語っているところからしても、単なるクリスマスの風物詩でもメルヘンチックなファンタジー作品でもないのだと示すのがラトルの意図らしく、それは見事に成功していると思うが、もう少し軽快さや愉悦感があってほしい気もする。
